日本では、神社や神様に対する風習というものがありますよね。
これ、ちょっと難しいと思うことがあります。
人にやその地域によっていろいろと説があったり、風習そのものにも違いがあったりします。
たとえば、七五三は何歳の子どもをお参りに連れていくかがちょっぴり違ったりします。
一般的には、3歳と7歳の時は女の子、5歳は男の子、とする場合が多いようですが、地方によっては、3歳の時に男の子をお参りに連れて行くところもあります。
また、参拝の作法についても、解釈によって違うこともしばしば。
鈴は邪気を払うから力いっぱいならす、という人もいれば、いやいや、参拝客はたくさんいるから、控えめに鳴らすべきだ、という人もいます。
一体、どれが本当なのでしょうか?
そもそも神様って何? 神社って何?
神社とはそもそもどういうところなのでしょうか?神様とはどういうものなのでしょうか?
古来より、日本人は自然に感謝をするという風習がありました。そして、その神様がいろいろなものに宿るとされていました。
それが石だったり、木だったり、時には山や、島であったりです。
日本全国、日本各地に存在したわけです。
つまり、自然発生的に生まれた信仰が、神様を祀る(まつる)というものに形を変えているわけで、これが地方によって、いろいろと違いが発生している原因の一つとなっています。
一方、いわゆる宗教と呼ばれるものは、教えというものがあります。その教えを説いた人を「神様」または神様のようなもの(人?)として宗教の中心に考えているわけです。
だから、普通宗教といえば、教えが書かれた書物が必ず存在します。
仏教なら〇〇経と呼ばれる経典があります。キリスト教なら聖書です。
つまり、宗教ならもとになる考え方があり、その考えをもとに作られたものが作法だったりします。
宗教で取る行動には、基本的には意味があります。また、逆に言えば、決められた作法通りにやれば、中心となっている考えに基づいた行動を自然に取れるようになります。
仏教などで「形から入るのが良い」とされることがありますが、形を学ぶことが仏の教えを学ぶことにつながるからなのです。
では、神道ではどうでしょうか?
自然発生的に起こったやり方なので、形そのものがたくさん存在し、どれか一つだけを正しいとするのがとても難しいのです。
もちろん、教えを説いた書物もありません。
中心となる教えがないので、絶対的に正しいとされる作法(または形)がないと言えます。
でも、それでは国を司る立場としては、ちょっと困ってしまいます。
神社の作法はどうやって決めたの?
神様の子孫が天皇であり、天皇を国の中心としている以上、一応何らかの基準がないと困りますよね?
そこで、基本的な作法やルールを国が定める様になります。
現在の作法やルールは、神社本庁という組織が中心となってまとめたものが基本とされています。
ただ、それでもやはり地域によって多少のやり方・考え方の違いは残っているので、すべて同じルールや作法にしてしまうことは難しいようです。
参拝の作法でも、一般的な作法と出雲大社の作法とが違うのは有名なお話です。
神社の拝礼で正しい作法は?出雲は違う?女性の生理はお参りできない?
ですが、私達のように神社にお仕えしていない普通の人であれば最低限の作法やルールを都度確認しておけばそれで事足ります。
そこまで難しくはないので、できるだけ覚えるようにしておきましょう。
最後に
基本的には、思っているよりは神社の作法は難しくはありません。
ただし、基本として心がけることは、神様を敬う気持ちだと思います。
神社にお参りに行こう、と考えるだけで、神様へ思いをはせる行為そのものが、一番大切な気持ちではないかと考えています。
そうすると、とにかく神社にお参りに行くだけでも、半分以上は合格点を挙げても良い気がします。
たまにはそんなことを考えながら、いつもよりちょっぴり身を正してお参りしてみるのも良いかもしれませんよ。
最後までお読みいただきまして、有難うございました。