あまりいいイメージのない厄年。
普通はなにやらお払いなどをするようですね。
でも意味ないだろうと言って、あえて厄払いをしない人もいます。
ここでは厄年について触れてみたいと思います。
厄年のお祓いは意味ないって本当?
そもそも厄年とはなんでしょうか?
はっきりとした根拠はないのですが、一般的には陰陽道(おんみょうどう)が起源とされています。
人生において、厄(不幸な出来事)が訪れる年齢をさしており、その年齢は男女によって違いがあります。
また、男女だけでなく地方によっても違いがあり、お払いを行っている神社によっても計算方法が違っていたりするのでちょっとややこしいものです。
一般的には、
・男は数え年で42歳が大厄
・女は数え年で33歳が大厄
とされています。
その前後の年をそれぞれ前厄・後厄と読んでいます。
(*ジャンボ宝くじの前後賞を思い出したのは私だけでしょうか???)
なぜこの年齢なのかもまた諸説あります。
・この年齢が肉体的に注意が必要な年齢であるから。
・さんざんの語呂合わせで33歳、しにの語呂合わせで42歳などのごろあわせから。
・厄は役で、重要な役職につくであろう年齢だから注意を必要とするため
いろいろですが、おおむねこのような説が良く耳にするところですね。
これらの説は本当なのでしょうか?
肉体的なものに関しては、現代の健康状態と当時の健康状態を同じに考えるのは少し無理があります。
ごろあわせなら、当然ながらまったく根拠はないと考えるのが妥当でしょう。
役職に関しても同じです。特に女性で役職を持っている人はどれだけいたのでしょうか??
こうして一つずつ考えてみると、納得できるだけの理由や意味はちょっと見つかりません。
すると厄年にお祓いする必要性があまり感じられません。
厄年の厄払いはしないでも大丈夫?
じゃあ、本当に必要ないのでしょうか?
現代は、科学万能の時代です。
完全に、とはいいませんが、ある程度のことは何か問題が起きても、それに対処する方法はわかります。
擦り傷ができれば消毒します。
病気になれば薬を使います。
困ったときにどうすればいいか?
おおよそわかります。
では、今ほど科学が発達していない当時ではどうしていたのでしょうか?
経験則から判断するしかありません。
その経験をまとめて判断の基準にしたのが、いわゆる占いと呼ばれるものです。
不幸なことや不吉なことが起こった原因を占いで見つけ、対処しようとしたのです。
つまり、不安を払拭するための知恵というものが、占いだったというわけです。
そしてその中の一つが厄年というわけです。
理由や根拠は今となってはまったく定かではないのですが、当時はなんらかの根拠に基づいて作られたと考えると、すっきりします。
科学が発達していない、言葉に魂が宿るとされていた時代では、語呂合わせも立派な判断の理由になります。
そうやって考えると、経験則を信用するかしないか?
厄年をどう考えるかは、ここにかかっているのではないでしょうか?
結論としては、厄払いはしたほうが良いです。
でも、あまり神経質になる必要もないです。
そのように考えます。
厄年には祝いませんか?
お払いをするのは一般的ですが、お祝いをしてみてはいかがでしょうか?
面白いことに、ハワイでは厄年にパーティーをする風習があるそうです。
ずばり、厄年パーティー(yakudoshi party)と読んでいるようです。
ハワイには日系人が多いことから、日本の風習が少し変わった形で残っているようです。
日本でも地域によっては、厄祝いをするところも実際に存在します。
厄年の人がパーティーをやって、ごちそうを振る舞ったり、プレゼントを配ったりするそうです。
また、節分の豆まきには、厄年の人が豆をまくという地域もあります。これも厄払いをにぎやかに行うための知恵ですよネ。
厄払いと一緒に厄祝い。
これからのおすすめです。
最後に
冠婚葬祭。
実は、お葬式でさえお祭りの一種なのです。
厄年だからといって深く考えすぎる必要もありませんが、一生のうち何回かは意識していろいろなことに注意する時期があっても良いと思います。
注意さえはらうのであれば、厄年を楽しむ、というのもアリなのではないでしょうか?
最後までお読みいただきまして有難うございました。