コラム

神社と寺の違いについて2 そして寺の影響が?~日本の風習から考えてみる~

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さて、前回は日本古来から伝わっている神社の成り立ちについて軽く触れてみました。

日本では自然そのものを神様であると考え、自然そのものに感謝やお祈りを捧げていました。

それがやがて神社で感謝や祈りを捧げるようになっりましたが、神は何かに宿るものであり、神様の像は存在しないのが今でもなお、基本的な形となっています。

今回は、寺の影響を受けながら変遷していく様子を書いていきます。

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中国からいろいろな文化が入ってくる

さて、その後次第に大陸から中国を経由した文化が日本にも入ってくるようになります。

それらは仏教・陰陽思想(いんようしそう)・五行思想(ごぎょうしそう)・道教(どうきょう)と呼ばれるものです。

仏教は宗教ですが、残りは中国で広まっていた思想・哲学です。

このうち陰陽思想と五行思想が交じり合いながら日本で独自に発展していったものが、陰陽道と呼ばれるものです。

最初は学問として出来上がっていたのですが、やがて占いや神道、仏教などの影響も受けながらさらに発達していきます。

一説によると、この時に厄という考えが神道にも取り入れられたと考えられています。

実は、この時はいろいろな文化が日本にもたらされていたため、それぞれの文化がお互いに影響を与え合いながら、変化していきます。

*厄年の説明で、陰陽道が起源であるという説明が良く見られますが、実際のところはっきりと証明を行う資料や文献は見つかっておらず、全てがお互いに影響し合った結果、厄年という考え方が出来上がったと考えるほうが、個人的には自然であると考えています。

*ちなみに、当時の統計で色々体に変化があったり、重要な役につく歳だったから厄年ができたというのも、あくまで一つの説にすぎません。

*当時の食べ物や社会状況を今の状況で説明するのは、少し無理があると思います。
さらに、統計と言っても、当時はそこまで正確な統計が取られていたとも思えません。

*強いて言うならば、「経験則」というものではないかと考えています。だから、当たらずも遠からずな内容だったのでは? と考えています。

つづく

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